【Interview】ちばかおりさんインタビュー(後編):オルコットのように、溜め込んだ情熱から作品を作ることが目標
※前編からの続きです。

『若草物語 ナンとジョー先生』の部屋の間取りから感じた裏設定
—— 著書を作成していて、特に面白かった作品はありますか。
ちばさん: 間取りの面白さと作品の面白さというものは必ずしもシンクロしないのですが、作図していて面白かったのは『あらいぐまラスカル(77年)』です。ラスカルは当のモデルの家が実在して、制作スタッフが取材もしているはずなのに、アニメに出てくるものと実物がなぜか合わない。外観は実在する家と全く同じになっているのだけれど、外観の通りに間取りを起こすとどうしてもアニメの中身と合わないんです(笑)
なので、現地の人にお願いして送ってもらった間取り図を見ながら実際アニメ映像と照合する作業をしました。それでも謎の部屋や、演出上おかしいものも結構出てきてしまいました。仕方なく“謎は謎”ということで今回はそのまま載せたのですが、そういう謎解き要素があったのがまるで探偵のような気分でワクワクしましたね。これはもう1回現地に行ってみたいな、って。
同じようなことは『若草物語』シリーズ(『愛の若草物語(87年)』『若草物語 ナンとジョー先生(93年)』にも言えます。残念ながら、これらの家はどちらもアニメの創作なんですよ。オーチャード・ハウスでも、ヒルサイド(ルイザが10代の頃暮らした家)でもない。『愛の若草物語』の新しいマーチ家はガラス工房が付いた独創的な家でしたね。でもその割にはあまりガラス工房の場面は出てこなかった気がします。
それから、今回『第3若草物語』である『若草物語 ナンとジョー先生』の作業で、気づいたことがありました。アニメーション放映当時はわからなかったんですが、ジョーとベア先生たちの部屋は屋敷の奥まったところにあるんです。部屋のそばに裏階段があるので、これは当時の間取りを考えるとおそらく使用人のエリアではないでしょうか。ジョーはマーサ伯母さまの屋敷(プラムフィールド)を相続したことになっているので、おそらくマーサ伯母さまのメイドたちがいた部屋を、自分たちの部屋にしたのでは、と想像しました。
そういったところは全くアニメでは触れられていないのですが、生徒たちに良い部屋を与えて、自分たちは奥で生活している。意図的にそんな建物全体に目を配れる位置にあるメイド部屋を選んだのなら、いかにも実際的なジョーらしいですよね。プラムフィールドを設計された方も残念ながら故人なのですが、そうした裏設定があったかも聞きたかったですね。
原作と異なった設定にならざるを得なかった『若草物語』シリーズ制作者側の事情
—— 確かに世界名作劇場では『若草物語』が2作品も作られていますが『赤毛のアン』のグリーンゲイブルズのように、原作モデルの建物には似ていないです。ファンには、原作ゆかりの建物も見てほしいですよね。
ちばさん: そう、すごく残念なんです。実は『愛の若草物語』の前年に制作された『愛少女ポリアンナ物語(86年)』で、コンコードを舞台にしよう、と考えちゃったらしいんです。“ポリアンナ”の舞台の一つであるボストンからそんなに遠くなくて町の規模もちょうど良いということで、コンコードを取材したようです。だから『ポリアンナ』を観ると、駅の形も、ロータリーも、現在のコンコードと全く同じなんです。でも『ポリアンナ』を先に作ってしまったために『若草物語』をやる、と決まった時に、「同じ場所ではできないよ」ということになってしまいました。それで急遽、架空の海辺の町ニューコードを新たに創作することになったと聞いています。
そうやってとってつけて海辺の町にしたせいでしょうか、作中に海のエピソードはほとんどないんですよね。家のすぐ裏に海があるはずなんだけれども、浜辺に降りていくようなシーンはなかったような気がします。以前『若草物語』の脚本を担当された宮﨑晃さんに「あまり海は出ませんでしたよね」と尋ねたら、「海とかあったっけ?」とおっしゃる。監督の黒川文男さんも「そんな設定にしたっけ」って、海辺の設定を覚えてなかったくらい印象が薄かったようで(笑)元々原作も海辺でないので当然ですよね。
その黒川監督は日活の助監督出身で、『若草物語』を「映画や舞台のように撮りたいからと、まるでステージを写すようにカメラを引いて、四人姉妹に演技させた」とも話されていましたね。宮﨑晃さんも松竹の実写映画の監督出身ということもあり、お二人がアニメを実写の手法で描かれていたのが興味深いな、と思いました。社会派の宮崎さんはあえてゲティスバーグの戦いを一話に入れたとも話していましたが、それっていかにも男性的な視点ですよね。
—— 名作劇場の若草物語シリーズはなぜ原作の設定ではないのだろう、という話はよく聞きますが、こうした制作側の事情による一連の流れもあったのですね。
ちばさん: マーサ伯母さまは港に倉庫を所有している資産家なので海辺にいる、という理由はあるようですけど。それなら、『ナンとジョー先生』も同じニューコードにしてしまえばよかったのに、そこはなぜか原作通りにコンコードに戻している。先の作品では主人公は「ジョオ」なのに「ジョー」になっているし、揃えればいいなと思ったんですけどね。

『愛の若草物語』でベスが弾いているピアノのモデル。そして天使のようなベスへの憧れ
—— ちばさんの本を読むまで気づかなかったのですが、アニメでベスが弾いているピアノは、オーチャード・ハウスミュージアムに現存するメロディオンがモデルだったようですね。
ちばさん: おそらくそうですね。前年の『愛少女ポリアンナ(1986年)』のロケでコンコードに行った人たちは実際に見ているのかもしれないですが、『若草物語』のチームは現地に行っていないんです。だから『ポリアンナ』の時の資料かどこかで手に入れた写真を見て描いたのではないかと思います。
—— ちばさんは3姉妹なので、『若草物語』に近い家族構成ですね。『若草物語』の魅力はどんなところだと思いますか。
ちばさん: 私はアニメではなく本で読んだのが先だったため、アニメ放送時には自分の中に別のビジュアルがあったことを覚えています。てっきり有名なクリスマスのシーンから始まると思っていたので、きな臭い戦争から始まったことに驚きました。原作のお父さんって従軍牧師で出征していて、作中では霞みたいな存在ですが、アニメのお父さんは軍人で快活で責任感があるタフな男に描かれていましたね。アニメのオープニングでお父さんがエイミーのお尻を盛大に叩いていますが、あれでは原作とキャラが違うなと違和感がありました。
自分の話になってしまいますが、私の父は、芸術家肌で夢ばっかり言うような人でした。ルイザの父のブロンソン(若草物語の父マーチ氏のモデル)ほど立派ではないのですが、オルコットのちょっと困った父親の姿に自分の父をダブらせてしまうところがあります。
その代わりに母はアバのようにすごくしっかり者で、私たちは三姉妹。それで『若草物語』は自分たちのようだという気持ちがありました。母も四姉妹だったんですよ。姉妹の物語というところにリアリティを覚え、自分の体験談のように読んでいました。
—— 『若草物語』の中ではどの登場人物が一番好きですか。
ちばさん: すごく難しい質問ですね。1番好きなのは、実はベスなんです。それは、自分が持っていないところをベスは全て持っているという憧れ。優しくて、謙虚で、音楽ができて、自分のことよりみんなのことを考える。「最高」ですね。
私は、自分が長女なので、姉妹に目配りして責任感を持つ長女の立場はすごく分かる。短気で、お転婆で、本が何より好きというジョーにもとても感情移入できるし、絵が大好きなエイミーにも、背伸びして見栄っ張りでわがまま言っちゃうところはわかるなあ…その3人には共感するのだけれども、ベスに対してはこうだったらいいな、というよりも天使のような憧れの存在。嫌いになりようがない子なんです。

—— 物語で思い出に残っている場面はどこでしょうか。
ちばさん: 名場面というのではないのかもしれないですが、エイミーが怒って、ジョーの原稿を燃やしてしまうエピソード。あれは強烈でした。その後ジョーは、エイミーが命の危険に陥ったために、深く反省してエイミーに許しを請うのだけど、そこまでの流れが切ないというか。ジョーにとっては、原稿を燃やされた上に、自分のせいでエイミーの命を失うかもしれなかったというあんまりな展開だったので、その場面はトラウマ級に刺さったんです。
そこまでドラマチックな展開でなくて、普通にエイミーを許してあげられるような感じになれば良かったのになあ、と思いました。こんな風に『若草物語』にはつい自分が物語の中に入り込んでしまいがちなんです。「もし自分だったら?」と想像してしまいますね。
『若草物語』の時代は、確かに今と繋がっている
—— オーチャード・ハウスミュージアムにも何度か足を運ばれています。どんな印象がありますか。
ちばさん: 初めて訪れたのは92年頃なので、もう30年以上前になりますね。まさにオリジナルであるということが感動でした。ここで『若草物語』が書かれた。しかもブロンソン自ら作ったものが建物の内外に現存していることはとんでもない事だな、と思いました。そして驚いたのが建物の大きさですね。正面からは、ごく普通のコロニアル様式の総二階建てに見えるけれども、実はかなり奥行があるんですよね。日本人的にはもうお屋敷と言ってもいいレベルで、貧乏という定義からは外れているイメージですね。
—— オーチャード・ハウスで原作のLittle Womenが執筆されて、発刊したのは1868(明治元)年、約160年前の話です。確かに古典かもしれませんが、それほど遠い昔というわけでもないように感じます。
ちばさん: 明治といったら相当昔のように思えるのですが、確かに今と繋がっているんですよね。だって、私たちの中には祖父母が明治生まれの方もいますもの。親しくしていた『愛の若草物語』のプロデューサーの中島順三さんは父親が明治生まれで、祖父は江戸時代の生まれだったそうです。ある時中島さんが祖父から聞いたという思い出話を聞かせてくださったことがあったのですが、急に江戸時代が自分と地続きになった気がしたものです。19世紀ってそんなに遠くないんだと不思議な気がしました。
例えば1700年代生まれのブロンソン(1799~1888年)とだって、子どもの子どものそのまた子どもの記憶のリレーで現代にまで伝わる。そう考えると、楽しいですね。
—— これからの目標はありますか。
ちばさん: オルコットの作品を読んでいても思うことなのですが、物を作ったり書いたりするのには、自分の中の「書きたいな、好きだな」という気持ちや熱量が一番の原動力になります。そのテンションを自分で盛り上げるべく、できる限り現場に足を運び、話を直接聞くのですが、コップから溢れるぐらいまでいっぱい調べる…それが理想ですね。例えばウイスキーのように…ウイスキーは1本(750ml)作るために、きれいな仕込み水を10Lも使うそうです。大麦も1.5kgぐらい使うとか。たくさんの良質な材料を入れて、蒸留して長い時間掛けてやっとできるように、それくらいの気持ちで丁寧に本が作れたらいいなあ、そうしたいなあということが目標です。
●プロフィール●
ちばかおり(Kaori Chiba)
福岡県柳川市生まれ。児童書を中心に編集に携わる傍ら、『ハイジ』『大きな森の小さな家』などの海外児童文学、およびテレビアニメシリーズ『世界名作劇場』の実地調査、聞き取り及び研究をライフワークにしている。
主な著作、挿絵に『ラスカルにあいたい』『アルプスの少女ハイジの世界』(求龍堂)、『ラスカルの湖で スターリング・ノース伝記』(文溪堂)、『世界名作劇場への旅』『大きな森の小さな家〜大草原のローラと西部開拓史〜』(新紀元社)、『ハイジが生まれた日』(岩波書店)、『図説アルプスの少女ハイジ』『ヴィクトリア朝の子どもたち』『花開くアメリカ児童文学』(河出書房新社)、『赤毛のアン』(世界文化社/挿絵)、『世界名作劇場の家と間取り』(エクスナレッジ)ほか。
インタビュアー
住井麻由子(Mayuko Sumii)
若草物語クラブ事務局長。コンコード近郊に住んでいた時にオーチャード・ハウスミュージアムを訪ね、当時の生活や思想までを生きた形で受け継いできたミュージアムの在り方に感動したことなどがきっかけで、若草物語クラブ発足メンバーに加わりました。オーチャード・ハウスミュージアムが海外で初めて公認した愛読者団体として、今後は日本の『若草物語』の歴史を掘り下げていく活動や、たくさんの全国の4姉妹ファンにエールを送ることができるような取り組みを進めたいと思っています。推しはジョー。
【インタビューの感想】
財布を家に置いてきても本は手放せない!というちばさんとの時間は、お互いに好きな作品の話題や、世界名作劇場放映当時の世相を振り返ったり、次世代にどのように名作の魅力を伝えていくか、という想いなど、話が尽きませんでした。その中では、現在制作中の本についてもチラリ。名作の世界を視覚から正確に再現して、子どもたちに楽しんでもらおうと取り組まれていて、その中では『若草物語』も登場予定だとか。たくさんの取材から、輝く一滴として生み出される次作も待ち遠しいです。
ユニークな研究で面白い。日本人だから思いつくアイデア。
海外放映されているアニメであれば、海外で翻訳しても面白いかも。